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意識の病「統合失調症」

更新日:2022年5月29日

「意識の研究」(スタニスラス・ドゥアンヌ)を学ぶことは、コーチング理論の理解をさらに深めることができます。

「無意識の書き替え」などにおいて、独自の味をつけていきたいと勉強しています。


この一連のブログ投稿は私の学習ノートです。今回は、無意識、意識に続くテーマ

「意識のしるし」を書いていきます。


 

人類が持つワークスペースの連続する二つの進化は、特定の遺伝子に基礎を置く生物学的メカニズムに依拠しなければならない。したがって次のような問いが生じる。


疾病は、人間の意識のメカニズムをターゲットにすることがあるのでしょうか。遺伝的変異や脳の障害は、進化の方向を逆転させ、グローバル・ニューロナル・ネットワークの機能不全を引き起こすことがあるのでしょうか。


意識の基盤である皮質の長距離神経結合は、一般に脆弱です。

軸索の長さがしばしば数十センチメートルにもなるニューロンは、他のいかなる細胞型と比べても怪物のようです。通常の細胞の千倍以上の長さを有する付属物を支えねばならないので、遺伝子の発現と分子の輸送に関して独自の問題が生じます。


DNAの転写はつねに細胞核で行なわれますが、その最終生産物は、センチメートル単位で離れた場所にあるシナプスまで送らなければなりません。この輸送の問題を解決するには、複雑な生物学的メカニズムが必要です。この事実から、進化したワークスペースシステムの長距離神経結合は、特定の障害のターゲットになり易いのです。


統合失調症という精神症状が、「心の病」という概念で説明できるのではないかと考えました。


統合失調症は、成人のおよそ0.7パーセントに見られる広く知られた病気で、青少年や若年の成人が現実との接点を失い、妄想や幻覚を発達させます。(陽性症状)

それと同時に、発話の乱れ、繰り返し行動など、知性や情動能力の全体的な減退を経験する(陰性症状)、心の病です。


これまで、この多様な症状の要因を特定することは困難だとされてきました。


しかし、これらの欠陥はつねに、人間の持つ意識のグローバル・ワークスペースに関連すると見られる機能、具体的に言えば社会的信念、自己観察、メタ認知的な判断、さらには知覚情報への基本的なアクセスにも悪影響を及ぼしているように思われます。


臨床的に言えば、統合失調症患者は、自分の奇妙な信念に対する過信を表に出します。彼らのメタ認知や心の理論は、自己の思考、知識、行為、記憶を他者のものから区別できないほどひどく損なわれています。


彼らは意識による知識の統合を、一貫した信念のネットワークへと変え、妄想や混乱に至ります。

一例をあげますと、患者の意識的な記憶は、ときにはなはだしく間違っているのです。

絵や言葉の一覧を見て数分が経つと、自分が見た項目を思い出せないことも多々あり、いつどこで何を見て、学習したかに関する彼らのメタ認知的な知識は、一般にひどく劣っています。

ところが、彼らの暗黙的な無意識の知識は、まったく損なわれていません。


スタニスラス・ドゥアンヌたちの研究チームは、「統合失調症患者の意識的知覚には根本的な欠陥があるのではないか」と考えました。


そこで、統合失調症患者を対象にマスキングの実験を実施することにしました。


マスキングとは、言葉や画像をフラッシュした直後に別のイメージを表示すると、主観的な経験として前者が消える現象を指します。

実験の結果は明白でした。統合失調症患者においては、マスクされた言葉を見るのに最低減必要な表示時間が、健常者とは大きく異なっていたのです。コンシャスアクセスの閾値が上昇し、イメージははるかに長く識閾下の領域に留まっていました。


さらには、イメージを見たと報告するのに、彼らははるかに多くの感覚的な証拠データを必要としました。

29ミリ秒間のみ識閾下で数字をフラッシュすると、健常者とまったく同様のプライミング効果が見られ、無意識の処理には問題がありませんでした。


このような複雑な効果が維持されている事実は、視覚認識から意味の付与に至る無意識の処理で構成されるフィードフォワード連鎖に関しては、疾病によってほとんど損なわれていないことを意味します。


統合失調症患者の主要な問題は、入力情報を一貫した全体へと統合する過程にあるらしいことがわかってきました。


ドゥアンヌたちの研究チームは、無傷の識國下の処理と、損なわれたコンシャスアクセスのあいだに見られる分離を、白質の結合を損傷する疾病、多発性硬化症の患者にも見出しました。 多発性硬化症の患者は、他の主要な症状が現れる以前の発症時、フラッシュされた言葉や数字を意識的に見ることはできませんが、無意識のうちには処理しています。


この発見は次の理由で重要です。

  1. 白質の損傷がコンシャスアクセスに対し、選択的に悪影響を及ぼし得ることを示す。

  2. 多発性硬化症患者には、統合失調症に類する精神疾患を発達させる者もわずかながらおり、この事実は、長距離神経結合の喪失が精神病の発症に重要な役割を果たし得ることを示す。


脳画像が示すところでは、統合失調症患者の、意識を点火する能力は著しく低下しています。

彼らの脳は、視覚と注意に関する初期段階の処理に関してはほとんど損なわれていませんが、頭部表層においてP3波を生成し、意識的な知覚表象の存在を示す、同期した大規模な活動を欠いています。

また、ベータ周波数帯域(一三~三〇ヘルツ)での、遠隔の皮質領域同士の大規模な相互作用をともなう一貫した脳のウェブの出現という、コンシャスアクセスのもう一つのしるしも欠いているのです。


統合失調症患者には、グローバル・ワークスペース・ネットワークにおける解剖学的変化の、より直接的な証拠が見られるだろうか? 答えは「イエス」だ。


拡散テンソル画像では、皮質領域間を結ぶ長距離の軸索の束に大規模な異常が見られます。

前頭前皮質と遠隔の皮質領域、海馬、視床を結ぶ神経結合に加え、とりわけ二つの大脳半球を結合する脳梁の神経線維が損なわれています。

その結果、安静時の結合性に重度の混乱がもたらされます。

つまり統合失調症患者では、安静時に前頭前皮質が相互結合の中枢としての地位を失い、活動が全体的な機能へと統合される度合いが健常者に比べて大幅に低下しているのです。


この結合性の喪失が、統合失調症の発症に主要な役割を果たす可能性は大いに考えられます。

事実、統合失調症患者において損なわれている遺伝子の多くは、前頭前野のシナプス伝達とその可塑性に大きく寄与する二つの主要な神経伝達物質の分子システム、すなわちドーパミンD2とグルタミン酸NMDA受容体のうちのいずれか、もしくは両方に悪影響を及ぼしています。


健常な成人でも、フェンサイクリジン(PCPあるいはエンジェルダストとして知られる)やケタミンなどのドラッグを服用すると、統合失調症に似た精神異常を一時的に経験します。

これらのドラッグは、遠隔の皮質領域間においてトップダウンでメッセージを伝達する際に必須の役割を果たすことで知られる、NMDAタイプの興奮性シナプスにおける神経伝達を特に阻害することで作用します。


ドゥアンヌが構築したグローバル・ワークスペース・ネットワークのコンピューター・シミュレーションでは、NMDAシナプスは意識の点火には必須の組織で、高次の皮質領域を、そもそもそれらの領域を活性化させた低次のプロセッサーにトップダウンで結びつける長距離ループを形成しています。

シミュレーションからNMDA受容体を取り去ると、広域的な神経結合が劇的に失われ、点火が見られなくなるのです。

他のシミュレーションでは、NMDA受容体は、よく考え抜かれた意思決定の基盤となる、ゆっくりとした証拠の蓄積にも等しく重要であることが示されています。


トップダウンによる神経結合の広範な喪失は、統合失調症の陰性症状をかなりの程度説明します。

それは感覚情報のフィードフォワード伝達には影響を与えませんが、長距離のトップダウンループを介しての広域的な統合を選択的に妨げます。


統合失調症患者でも、識閾下のプライミングを引き起こす複雑な作用を含め、フィードフォワード処理に関してはまったく正常に機能するのです。

すなわち欠陥はそれに続く発火と情報の一斉伝達のみにあり、それによって意識的な監視、トップダウンで作用する注意力、ワーキングメモリ、意思決定の能力が損なわれています。


では、陽性症状、すなわち彼らの奇妙な妄想や幻覚についてはどうか? 認知神経学者のポール・フレッチャーとクリス・フリスは、その説明として情報の伝播の阻害に基づくメカニズムを提唱します。


脳は探偵シャーロック・ホームズのように、知覚的、社会的な入力情報から最善の推論を引き出しながら機能しています。

そのような統計的学習には、双方向の情報交換が必要になります。

感覚領域は上位の階層に向けてメッセージを送り、それに対し高次の領域は、感覚器官から入力される情報を対象に常時説明を試みる学習アルゴリズムの一部として、トップダウンの予測によって応答します。


予測がボトムアップに受け渡される入力情報と完全にマッチするほど高次の表象が正確になった時点で、学習プロセスは停止します。

そうなると脳が知覚するエラーシグナル(予測されたシグナルと観察されたシグナルの差異)は無視できるほどわずかになり、その結果意外性は最小にんばります。


健常者では、何らかの動作をするときにはつねに、自分のその行為が感覚入力に与える影響を、予測メカニズムが帳消しにしてくれています。

あたりまえですが私たちは、コーヒーカップをつかんで驚いたりはしません。手が感じるカップの重さや熱さは簡単に予測でき、つかむ動作をする前から、運動野はトップダウンの予測メッセージを感覚野に送って、つかむ行為がこれからなされようとしていることを告知しています。

この予測は実にスムーズに機能するので、実際につかむ際、通常私たちは、さわったことに気づきません。たとえば、思いがけず恐ろしく熱いカップをつかんだときなど、予測がはずれた場合にのみその事実に気づきます。


もしこのトップダウンの予測がシステムとして機能していなかったらどうでしょう。その場合、コーヒーカップをつかむときでさえ、何かがおかしいと感じるでしょう。カップに触った瞬間、自分の予測と微妙に異なり、誰が、あるいは何が自分の感覚を変えているのかを訝るはずです。とりわけ発話は奇妙に感じられます。


話している最中に自分の声を聞き、それが滑稽に響くでしょう。耳に入ってくる音声の奇妙さは、つねに自分の注意を引き続けます。

誰かが自分の話し言葉をいじっているのではないかと思い始めます。そうなるとすぐに、自分の頭の内部に不思議な声を聞き、隣人が自分の身体をコントロールし、人生を台無しにしようとしているのではないかと確信し始めます。


そして、ありもしない神秘的なできごとの隠された原因を始終探し求めるようになります。これこそ、統合失調症の典型的な症状です。


要するに統合失調症は、脳全体にシグナルを一斉伝達し、意識のワークスペースシステムを形成する長距離神経結合を蝕む疾病です。


一般にこの種の疾病は、神経系の境界を越えることはありません。統合失調症は、ニューロンのトップダウンの長距離神経結合を維持する生物学的なメカニズムに、とりわけ大きな影響を及ぼします。

統合失調症患者においては、この機能不全は完全ではありません。そうでなければ患者は意識を喪失してしまうでしょう。


2007年、ペンシルベニア大学の神経学者によって、驚くべき疾病が発見されました。


その日、種々の症状を呈する若者たちが大学病院に入院しました。多くは卵巣がんを持つ女性でしたが、なかには頭痛や発熱、あるいはインフルエンザに似た症状を訴えるだけの患者もいました。


しかし、彼らの疾病はすぐに予期せぬ変化を見せ、「不安、興奮、奇怪な行動、妄想、偏執的な思考、視覚や聴覚の幻覚など、精神病の顕著な症状」を、つまり迅速に発達する後天性の急性統合失調症の症状を呈し始めました。


そして三週間が経過するうちに、患者の意識は衰退し始め、EEGによる測定では、睡眠時や昏睡状態に陥ったときに見られる遅い脳波が検出されました。やがて彼らは動かなくなり、刺激に応答しなくなったり、場合によっては自力で呼吸しなくなったりした。患者の何人かは数か月以内に死亡してました。


のちに回復して正常な心の健康を取り戻し、日常生活に戻った者もいましたが、彼らも意識を失ったときのことは何も覚えていませんでした。


慎重な調査によって、これらの患者全員が大規模な自己免疫疾患を引き起こしていたことがわかったのです。


彼らの免疫系は、ウイルスやバクテリアなどの外部からの侵入者を監視するのではなく、自身を標的にし、身体内部の分子である、神経伝達物質グルタミン酸のNMDA受容体を選択的に破壊していたのです。


脳のこの基本構成要素は、皮質シナプスにおける情報のトップダウンでの伝達に重要な役割を果たしています。


培養されたニューロンを患者から採取した漿液にさらすと、NMDA受容体は数時間のうちにきれいに消滅しました。

しかしこの致命的な漿液を除去すると、受容体はまた戻りました。


この事例は、あらゆる意識的経験の基礎をなす長距離神経結合を、疾病が選択的に阻害することを示す病状なのかもしれません。


この焦点を絞った攻撃は、最初に統合失調症を引き起こし、次に覚醒状態を保つ能力を破壊することで、ただちに意識を阻害します。


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