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スティーブ・ジョブズの「コネクティング ザ ドッツ」は、ゲシュタルト構築の極意


*特典情報が最下段にあります。



スティーブ・ジョブズが、MACを開発した体験を彼は有名なスピーチ(2005/6スタンフォード大学にて

の中で「connecting the dots(点と点を繋げる)」と呼んでいます。


これはまさにゲシュタルト構築を上手に言い表しています。


一見関係無いような点と点を一つ上の視点で統合し、新しい価値を創る。


カリグラフィーと、MACの開発というまったく関係がなかったものを見事に統合し、

パーソナルコンピュータの画期的な進化を実現したのが

ジョブズのゲシュタルトメーカーたる所以です。






「GAFAが真似した、トヨタの製品開発」は、「トヨタの製品開発」です。


TPS(トヨタ生産方式)は、関係する部品メーカーさんに、同様の考え方を理解していただき、車両の生産工場と繋がったシステムを構築する必要がありました。


ですから、この仕組みは世界的にも広く知られるようになって、「ウチも採用しよう」というメーカーが増えてきました。


しかし、開発案件には秘密のうちに進める必要のあるものが多いため、限られたメーカーさんと一体となった開発体制を敷いていたにもかかわらず、あまり一般には、伝わりませんでした。


製品開発も、関係メーカーさんとの強いつながりの中で、進められていることは、同じです。


この進め方を、昔は、系列と呼んでいましたが、


最近注目されているクローズド・オープン・イノベーションという言葉が、ぴったり当てはまりそうです。


LEANでも、トヨタの製品開発をベンチマーキングしましたが、内容に大きな欠落がありますので、残念ながら、彼らの成功例を私は知りません。


日本の皆さんには、近くに良い事例がありますので、ぜひ真剣に考えてみてください。


 



チーフエンジニア制度には長い歴史があります。


戦後の飛行機開発の良いところを採用して、製品開発から販売に至るまで、チーフエンジニアが一貫して責任を持つという体制を作り上げてきました。



「パブリカ」が売れ始めた昭和37(1962)年といえば、東京オリンピックを二年後に控えて、東海道新幹線や東名高速道路、首都高速道路の建設が急ピッチで進められていました。 ただ、自動車の保有台数はまだそれほど多くはなく、国民車と呼ばれた「パブリカ」や「スバル」でさえ、持っているのはほんの一握りの人たちでした。

  • 高度経済成長の波

  • インフラの整備

  • 産業の発展

  • 国民の所得水準の向上

  • 郊外に工場ができることにより、通勤距離が伸びる

  • 休日には遊びにいきたくもなる

近い将来、日本にもモータリゼーションの波が押し寄せるのは確かな事だと思われました。 そのときになって大衆車を開発しては遅いのです。きたるべき次の時代を先読みして、その前に本格的な大衆車のイメージコンセプトをつくり上げなければ間に合わなくなってしまいます。



カローラ(corolla)を産んだ初代チーフエンジニア(当時は主査)長谷川龍雄さんは、昭和三十七年の十月から十二月までの三か月間、そのように真剣に考えました。

  • 市場はどこまで拡大するか、

  • 日本の経済力はどの程度上がるか、

  • 車の中身をどの程度にすれば購買水準や、消費者ニーズにマッチするか

考えに考え抜きました。


チーフエンジニアは、こうやってゲシュタルトを構築していきます。


歴代のチーフエンジニアは、独自のやり方で自分のコンセプトを作り上げ、それを世に出していきました。


長谷川さんは、翌年のはじめ技術部内の検討作業を開始すると同時に、次期新車の開発プロジェクトについて上司に提案しました。


しかし、当時の社内の反応は冷ややかでした。上司は、「君たちは「パブリカ』の担当なのだから、『パブリカ」を改良したらどうかね」といい、専務の豊田英二さんもなかなか首を縦に振ってくれませんでした。


なかには、P型というトラック用のエンジンを流用すればいいじゃないかという人もいました。


「『パブリカ』では先がない」と説いてまわっても、誰も誰も耳を貸してく れませんでした。


要するに、上層部は、「パブリカ」が売れ始めた頃でもあり、次の大衆車開発をスタートさせるのは時期尚早とみていたようです。

長谷川さんは、なんとか上層部を説得しなければならないと考えました。


東大の後輩で、後に東京トヨペットの会長になった、トヨタ自販の松浦正隆さんに電話をして、トヨタ自販の神谷社長に直談判する機会をつくってもらいました。


「世の中は右肩上がりで成長している。この先、『パブリカ』ではダメです。


「もう少しハイクラスの魅力ある製品を企画しなければなりません。」


「新製品は、きたるべき日本のハイウエィ時代にも対応できます。責任をもってヨーロッパ市場で競争できるようにもします」


と、神谷社長を口説きました。神谷社長は、当時のトヨタ自工トップに働きかけてくれ、カローラの開発が始まりました。 この長谷川さんの情熱がなければ、カローラは生まれることはなかったでしょう。


この後、何人ものチーフエンジニアがこの襷を繋いで、現在のグローバル車へ発展させて来ました。


トヨタ英二さんは当時の会社の社長ですが、「チーフエンジニアは製品の社長」と言う位置付けで、その役割が関係者に見事に共有されています。




ソフトウエア開発の手法で、現在世界をリードしているのが、DevSecOpsです。


開発とセキュリティとオペレーションを同時に開発を進めるという手法です。




なんと、14000人の頂点に立つリーダーです。


プロジェクトリーダーの頭脳が製品のゲシュタルトを構築して、それを14000人がサポートして製品を現実に作り上げるといいう世界です。


車両のチーフエンジニアも一人だけでは、力を発揮することはできません。

デザインをはじめ、各部位の設計集団、流線型のボディー図面から、実際の鉄板をプレスするための、金型設計のノウハウなど、数えればキリがありません。


チーフエンジニアが、製品のCEイメージ⇨CE構想をまとめ上げて、

それを現実の製品にまで作り上げる仕組みが製品開発の王道のようです。


「私の考える製造業は、前途したゲシュタルト構築そのものです。ばらばらに存在するものを統合して、新たなゲシュタルト=全体を創り出すこと。すなわち、付加価値を生み出すこと。現代の製造業の範囲は、そこまで広げて考えるべきでしょう。」『圧倒的な価値を創る技術[ゲシュタルトメーカー]』(苫米地英人 著)


DevSecOpsになって、今までウォーターフォールでやっていたような大規模なソフトを、途中で(自動)修正を加えながら作っていく世界がもう出現しています。


私は「#KaizenYourFuture」を目指して、


この先、ひとの頭の中に存在するミライ(Future)をkaizenする手助けをしています。



私は現在、ある会社へ、製品開発のプロセスをインストールしています。


エンジニアたちは、現状の外側にゴールを見つけると、生き生きとして斬新なアイデアを次々と提案してくれます。


チーフエンジニアの存在がなくても道は開けることもわかりました。


一人のチーフエンジニアというタレントの存在は、望ましい姿ではありますが、製品によってはそれほど大規模な組織が必要ではない場合もあります。


そのような組織には、その組織にあったやり方があります。


はじめは、私がお手伝いします。




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