無意識はいくつかのイメージの代案を持っていますが、意識に上がるのは、1つだけです

「意識の研究」を学ぶことで、自分なりの無意識の書き替えなどのコーチング理論について考えたいと思います。


この一連のブログ投稿は私の学習ノートです。

無意識に関する記事(41件の目次)は、ここにあります。

 

多くのニューロンが協働で統計処理をして、一つの映像イメージを作り上げることは、前回のブログで書きました。


長方形などの円より少し複雑な図形の動きを見る場合、局所を見ると、長方形につながらないようなあいまいな部分が存在します。

しかし長方形の各辺には、知覚イメージに結びつけられる動きに関するヒントがありますので、無意識はそれを活用して長方形だと認識しています。


長方形の各辺の間での動きの方向が、共通しています。

無意識はそれを推論し、条件に合致する動きだけを、意識に見せるのです。



ニューロンの活動記録を見ると、MT野のニューロンは、「100ミリ秒ものあいだ局所的な動きだけを見続け、120~140ミリ秒で大局的な動きの方向をコード化しています。しかし、意識は水面下のこの複雑な操作については、認識していません。


私たちの意識(主観)は、神経回路が全力で働いて、当初はあいまいな感覚入力を理解可能な知覚イメージに変えている事実をまったく認識することなく、最終的な結果だけを見ているのです。


水面下で行なっている、一つの解釈にニューロンを集約させるプロセスは、麻酔下では機能しないことがわかっています。


ニューロンが、ボトムアップ、トップダウン両方向のシグナルの伝達を通して互いに同意するには、意識の働きが必要となるのです。


意識の働きが欠如すると、知覚の推論プロセスは外界の解釈ができなくなります。


実験的には、あいまいな視覚刺激をわざと作り出せば、意識が知覚のあいまいさを解消しているということがよくわかります。



重ねられた二枚の格子縞のディスクを互いに異なる方向へ動かすところを被験者に見せます。


脳は、どちらの格子縞が前面にあるのかを判別する方法がありません。

重ねられた二パターンの格子縞はあいまいで、どちらも前面にあるものとして知覚できます。




しかし現実に私たちは、二つの可能性のうちのどちらか一方を見ています。

意識は、二つのパターンの格子縞のどちらか一方を前面にあるものとして認識するのです。

二つの解釈は交互し、数秒ごとに知覚が変化して、それまでは背面に見えていた格子縞が前面に躍り出てきます。


私たちには常に、自分がもっともありそうだと思うものを、認識する傾向があります。

時々別の解釈が浮上し、その解釈の妥当性が高いと考えている間は、そのイメージは意識的な視野に留まり続けます。

私たちは、外界のあいまいな光景に対して、意識上ではただ一つの解釈をしても、無意識は他のすべての解釈を考慮し、いつでも代案を採用するよう準備を整えているのです。


私たちの意識にとらえられるのはたった一つのイメージだけですので、私たちには、視覚が複雑な演算を実行しているような自覚はありません。


目を開けば、脳は一つの外界の光景を私たちに見せてくれます。


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