改善の本質



自我

改善について、真剣に考えてみたいと思います。だから今回はカタカナでなく改善です。


日頃私は、ムダをなくすことがカイゼンと、説明しています。

できるだけ、ハードルを下げる意味であまりとっつきにくい表現を避けています。


生産現場の改善は、ものすごくストイックなほどきびしい、真剣勝負の空間が支配しています。真剣勝負です。1ミリ、コンマ1ミリ、1秒、コンマ1秒と極まり知らずの世界に突入しています。彼らは、真剣です。だから達成感を味わうことができます。真剣勝負です。


彼らには先人の「無駄を削いだ」イメージが頭に焼き付いていて、究極を目指しますが、まだまだ自分は、そこまで到達していないと、もっと先を目指します。


改善は何のためにあるのでしょう。モノづくりであれば、目的は自らが作って提供しているモノやサービスを享受される相手に価値を届けることです。価値を最大化することです。さらに純粋な価値を求めていくと、価値以外のものを全て取り去ることなのです。


お客さまが必要とされる価値を真剣に考えることがスタートになります。一人の裕福なお客様の価値だけを考えるのなら、金に糸目をつけず、製品の魅力を含めた品質だけを追求することも、間違った考え方ではありません。

多くのお客様の満足を前提にした場合、質と量を均衡させ、できるだけ購入しやすい価格設定というのが重要になります。


もう一度ムダに戻ります。

無駄は全て削ぎ落としたいものです。これが理想です。ムダを全て無くしたら、お客様の望む価値だけになります。改善の本質はここにあります。


「ムダをなくす」というと、無駄のことばかり真剣に考えてしまって、「ムダは必要だ!」という意見が出てきます。ここではその次元の議論はしていません。


ものを作る過程、プロセスを想像してみてください。そのプロセスがものすごく長い、なんでこんなに時間がかかるのかと思ってよく見ると、工場の中にたくさん中間製品が溜まっていて、このためにお客さんに余計な費用を負担してもらっていると考えてら、とんでもないことです。

材料や部品がどう変化しているのかを追ってみるのが有効です。

材料が工場に入荷して、材料置き場に1ヶ月も貯蔵されている。その置き場から別の置き場に材料が移されて、また1ヶ月。作業者が前の作業者の仕事の結果を、ただ確認している。

改善は、このようなムダを見つけて、無くしていくことなのです。


ここで、大きく話が飛び上がります。「自我とは何か」苫米地博士が、数式で表現されました。


言葉で表現すると、「自分にとって、必要か必要でないかの評価関数」ということになります。

上記で説明しました。付加価値とそれ以外ですが、「おい客様にとって・・・」に置き換えてみますと、「お客さまにとって、必要か必要でないかです。」つまり要る要らないということなのです。

宇宙(x:重要、y:重要でない)⇨自我

宇宙(x:要る、y:要らない)⇨改善




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