製品の標準タイプの型式をお客様が選んでくれた場合、設計者のやるべきことはあるのでしょうか?。
標準型式は、お客様が標準仕様の製品を選定してくれた場合、前もって設計した図面類を流用することができます。
図面を青焼するという時代がありましたが、今ならCADのデータとして蓄積されていますので、それをコピーすれば、部品手配、製造などの後工程に情報を伝達することができます。
設計者は、標準品のリピート生産案件に対して、やるべきことが何かあるでしょうか?
この視点から、この仕事に関連する一連の作業を観察してみると、
「標準品に関しては、設計者のやることはないはず。」という答えが返ってきます。
一方で、下記のような仕事の習慣を10年近く続けている人の視点からみたら、どう見えるでしょう?
横山さん(仮称)は、製品設計を担当して8年目になります。
入社以来、この職場に配属されて、今では中堅の設計者です。
ここ数年では、あとから入社してきた設計者の面倒も見るようになっています。
営業担当者から、提携のフォーマットによりお客様の仕様情報が、仕様連絡書で伝達されてきます。
横山さんは、その仕様連絡書を全てチェックします。
彼は10分ほどかけて仕様連絡書をチェックした結果、「これは標準型式。」と判断しました。
次に標準図面を検索して、それをお客様用の確認図面として、営業担当者経由でお客様に提出します。
数日してお客様から営業経由で、回答が返ってきました。
お客様からは、特に追加のご要望はなく、標準図面を出図する作業に移ります。
お客様から製品を受注した時点で、標準仕様との差を見極めながら、新たな設計を追加するという仕事を、横山さんは8年も続けています。
お客様からの特別のご要望があったときには、標準型式との差を検討して、確認図を作成し、お客様に提示して、お客様からの詳細なご要望を確認図に記入していただいています。
確認図は、お客様の新たな要望について、行き違いのないかどうかを図面作成して、共通認識のエビデンスとすることが目的です。
標準型式の場合はどうでしょうか。
お客様からは、特に追加のご要望はなく、標準図面を出図する作業に移りました。
つまり、最初から標準型式が定義されているわけですから、それをお客様に確認していただけば済むことではないでしょうか。
特注品の場合と同じ様なステップを踏むことが必要でしょうか?
スコトーマを外す=コンフォートゾーンから抜け出す
同じ仕事の手順を8年も続けていると、(側から見ると不合理なことでも、)「当たり前の世界」になります。
特に強く意識しなくても、横山さんは何の疑問もなくこの手順を続けています。
この世界を認知科学コーチングでは、コンフォートゾーンと言います。
この手順が習慣になっていますから、この手順を踏むことである種の満足感が生まれて、良いパフォーマンスが得られています。
逆に、横山さんはこの手順を踏まないと、何か物足りなさを感じてしまいます。
長年同じようなやり方を繰り返していると、コンフォートゾーンが出来上がります。
このやり方は、熟練したルーティーン作業になっているため、パフォーマンスは上がるのですが、その反面このやり方と違った方法でやろうとすると、気持ちが悪いとか、何かしっくりしないという感覚が起こってきます。
この熟練したルーティーン作業が、横山さんのコンフォートゾーンです。
コンフォートゾーンの中にいると、スコトーマに隠されて、外側が見えなくなってしまうのです。
スコトーマとは、心理的盲点のことを指します。目にも盲点があるように、心にも盲点があるのです。
トヨタ生産方式の生みの親である大野耐一さんは、
「困らんやつほど困ったやつはおらん。」という言葉を残していらっしゃいます。
コンフォートゾーンの中にいると、「困らない=問題として捉えることができない」状態なのです。
問題が見えない、良い対策案が考えつかない。
元々トヨタ式カイゼンでは、これを”思い込み”と言って、カイゼンの初期にこれに気づき、これを打ち破ることが、カイゼンプロセスの定石になっています。
トヨタ生産方式では、「現状打破」という言葉がよく使われます。
今回の事例でも例外ではなく、横山さんが続けている作業は、客観的に見れば「標準品に関しては、ムダじゃないの?」となるわけです。
しかし、当事者の横山さんにはスコトーマの作用で、気づくことができなくなっているのです。
さらに私たちの脳は、自分にとって関係がないと思っていることは、脳幹にあるRAS(網様体賦活系)のフィルターが遮断し、情報を情報として受け取りません。
つまり、RASの働きによって、人は自分にとって関係あると思っている情報しか受け取ることができなくなっているのです。
カイゼン活動では、はじめに現状の見える化を行います。
表準(おもてひょうじゅん)と言います。
できるだけ詳細に、実際に起きていることを客観的に記録するプロセスです。
私は横山さんに「確認図は何のために作成しているの?」と問いかけました。
横山さんのスコトーマは頑固でした。
私は、何度も同じ様な質問を繰り返し、彼の脳にインプットしました。
その結果時間はかかりましたが、横山さんは自らやっていることを客観的に眺めることで、スコトーマが外れました。
ムダがムダとして見えるようになってきました。
この作業の目的は、標準か否かを見分けることです。
標準か否かを見分けるために「必要なことは何か」と考えていけば、このムダをなくすことができます。
標準の判定基準が明確になれば、営業マンにも判定してもらえるかもしれません。
商談中に、標準型式と判断できれば、必要な情報だけを営業からもらうことで、IT化により、設計者は介在せずに生産につなげることができるようになるでしょう。
ただ横山さんは、ムダに気がつく前に、IT化を推進することを優先に考えていました。
日常の業務のムダを省きたいと考え、IT化すれば、解決すると思い込んでいました。
私が、「IT化ありきで物事を進めようとしていますね。」と言っても、初めは聞く耳を持ちませんでした。
市販の効率化システムを導入することで、自分達の仕事が楽になると考えたのです。
しかし、現状をよく見てみると、業務のやり直しがいくつも見つかっています。
やり直しを放っておいたままで、仕事をITに置き換えたとしても、やり直しは無くなりません。
ITシステムを導入すれば、初期の入力情報に間違いがなければ、正しい答えが得られます。
お客様ー営業マンー設計者、この3者間のコミュニケーションの行き違いの問題を棚上げにしていないでしょうか?
営業から伝達された情報では足りなくて、追加でお客様に問い合わせをしている。
そもそもお客様からの情報が間違って伝えられてしまって、後で図面を書き直した
などのミスはまだ解決していませんでした。
このようなミスを放ったままで、システムを導入してもそれらのミスが原因で、システムからのアウトプットが正しく得られない。あるいは、システムからエラーが返されてしまう。
こんなことはよくあります。
今回の事例では、これまで、「確認図をたたき台としてお客様の要望を確認していた習慣」をいかに打破するかというところがポイントでした。
人間は誰にでもスコトーマがあります。
スコトーマを一つ外しても、また見つかります。
横山さんは、「確認図は何のために作成しているの?」という問いかけの答えを探しているうちに、自分のスコトーマに気がつきました。
そして、現状の問題がよく見える様になりました。
現状のやり直しの記録を集めて、やり直しの原因を掴み、それを事前に取り去ってから、IT化を進めるという本来のカイゼンプロセスに軌道修正することになりました。
安易にIT化に走ると、今までと同じやり直しやミスにより、足を引っ張られることになりますので、十分注意してください。
最後に、このカイゼンのゴールは標準品を対象として、設計者ゼロでやるという内容ですが、
カイゼンはここで終わりではありません。
例えば、標準品が月に50件あるとしますと、13時間✖️50件=650時間
650時間が浮く計算になります。
この650時間で、もっと付加価値のある仕事を行うことが重要です。
単なるムダ取りに終わってしまってはいけません。
特注設計のやり方をカイゼンする
新規製品の開発にリソースを重点配分する
既存製品の原価低減など
付加価値を上げることはたくさんあります。
付加価値の少ない仕事を無くして、付加価値のある仕事にリソースを振り向けるということがカイゼンの原点です。
以下、今回のカイゼン事例のポイントを整理してみました。
標準品(オプション、チョイス含む)と特注品を区別する
標準品はボタン一つで出図できるようにカイゼンする
現状の姿を可視化し、問題を抽出する
自責のやり直し(知識不足、ミス など)
他責のやり直し(情報遅れ、情報間違い など)
計画の不備などによる長いリードタイム
上記問題点の原因を深掘りする
基礎知識不足の原因
教え方は良いか?
知識のない人に任せていないか?
わからないことを自覚できるか?
わからないことを聞くことができる環境か?
ミスの原因 (機械に置き換えられれば、人的ミスは減少するので、分析に時間をかける必要はない)
設計手順は決められているか?
顧客情報がタイムリーに伝達されない
顧客情報の修正(営業の間違い、伝達ミス)
チェック(検査)をなくす、減らす
チェックをする理由を書き出すーある?
原因を特定できないヒューマンエラーのチェックは、原因がわかるまではチェックは可
上司承認をなくす
承認が必要な理由を書き出すーある?
上司は仕事のやり方を管理するのではないか?印鑑を押すことが管理ではない
標準品のカイゼンができた後、次にやるべきことは
特注品設計の充実
受け身から提案型へ移行する
顧客の要望を丸ごと聞いていないか?製品の機能については、自社の方がプロなので、積極的に提案するー標準品で対応できる可能性大
特注設計プロセスの確立
営業を通すと不足する情報をどう確認するか
必要な情報入手→設計構想→詳細設計→出図のプロセスを確立する
などなど、改善に終わりはありません。
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