「意識の研究」(スタニスラス・ドゥアンヌ)を学ぶことは、コーチング理論の理解をさらに深めることができます。
「無意識の書き替え」などにおいて、独自の味をつけていきたいと勉強しています。
この一連のブログ投稿は私の学習ノートです。今回は、無意識、意識に続くテーマ
「意識のしるし」を書いていきます。
植物状態の患者は毎日目覚めるのだが、目覚めてはいてもまったく反応を示さず、周囲の様子にまったく気づいていないようです。
意識の兆しなしに睡眠・覚醒サイクルが維持される状態は植物状態の最大の特徴であり、「無反応覚醒」として知られています。
この状況は何年も続くことがあります。患者は自発的に呼吸を続け、人為的に栄養補給を続ければ死ぬ事はありません。
テリ・シャイボというアメリカ人女性の尊厳死をめぐる論争の事例があります。彼女は15年間植物状態で生き続け、中央政界を巻き込む政治と司法の対立に発展しました。そして2005年に栄養注入チューブのとり外しが命じられ、彼女は亡くなりました。
「植物の (vegetative)」という言葉は、無力な「植物(vegetable)」を連想させますが、悲しいことに、患者がぞんざいに扱われる病棟では、このニックネームが定着しているそうです。
「知的活動や社会的交流を欠いた、単なる身体的生活を送ること」を意味する動詞 vegetate」から、造語されたました。
心拍数、血管緊張、体温の調節などの自律神経系に依存する機能は、一般に損なわれてはいません。
患者はまったく動かないわけではなく、ときおり身体や目によって緩慢ながらはっきりとした動作を見せます。
突然微笑したり、泣いたり、顔をしかめたりします。
その種の動作は、患者の家族に大きな混乱をもたらすこともああります(テリ・シャイボのケースでは、それによって両親は、まだ彼女を助けられると考えました)。
しかし神経学者は、その種の身体反応が反射によって生じ得ると考えています。脊髄や脳幹は、特定の目的のない不随意の動作を生むことがあります。
患者は決して他者の声に反応せず、無意味なうなり声は発しても言葉は決して口にはしません。
医師は、患者が最初に損傷を受けてから1か月が経過すると「持続的植物状態」の診断を、また、損傷が酸素欠乏症によるものか、それとも頭部外傷によるものかに従って、3か月から12か月後には「永久的植物状態」の診断を下します。
しかしこれらの用語が適切か否かについて、さまざまな議論があります。
回復が不可能であるという意味を含んでいて、無意識の状態が永続するからなのです。
場合によっては時期尚早に生命維持装置を外す決定がなされる可能性もあります。
臨床家や研究者によっては、中立的な「無反応覚醒」という表現を使う人もいます。
この言い回しは、現在と未来における患者の状態に関する判断を保留にしておくことになります。
植物状態とは、現在のところそれほど正確には理解されていないさまざまな状態を総称する言い回しであり、それには意識はあってもコミュニケーションの能力を欠くなどのまれなケースも含まれています。
「最小意識状態」という用語が、2005年から使われるようになりました。
重度の脳損傷を負った患者は、わずか数時間でも、意識の状態が大幅に変動する場合があり、ときにある程度自発的にコントロールされた行動を示します。この状態に置かれた患者は、「最小意識状態」として分類されています。
最小意識状態の患者は、場合によってはまばたきによって他人の言葉に反応したり、鏡を目で追ったりします。
このの患者は、声に出して、もしくはうなずくことで「イエス」「ノー」を答えられます。
また最小意識状態の患者は、突然微笑したり泣いたりする植物状態の患者とは異なり、状況に合った情動を表現することがあります。
確実な診断を下すには、たった一つのヒントでは不十分であり、意識の兆候は、ある程度の一貫性を持って観察される必要があります。
そうは言っても、最小意識状態の患者は一般に、自分の思考を一貫して表現できない状態に置かれています。
彼らの振る舞いは、至って変わりやすいのです。一貫した意識の徴候がまったく見られない日もあれば、朝には見られ晩には見られない日もあります。
また、患者が笑った、泣いたなどの判断は、高度に主観的なものにならざるを得ません。
統計的に言えば、最小意識状態と診断された患者は、何年も植物状態にある患者に比べ、安定した意識をとり戻す見込みが高いようです。
回復は、非常にゆるやかな経過をたどるのが普通で、何週間もが経過するうちに、患者の反応が徐々に安定し、一貫したものになっていきます。
まれに、患者は数日のあいだに突如として目覚めることもあります。他者とのコミュニケーション能力を回復すれば、その患者は、最小意識状態から抜け出しています。
「最小意識状態」は、ジャン = ドミニック・ボービーが経験した「閉じ込め症候群」とは大きく異なります。
閉じ込め症候群は通常、はっきりと限定された領域、一般には脳幹の隆起部の損傷に起因しています。
そのような損傷は、極度の正確さで皮質脊髄路を切断する。とはいえ皮質や視床には損傷が及ばないため、意識はそのまま残ることが多くあります。
患者は、昏睡状態から目覚めると、自分が麻痺した身体に閉じ込められ、声も出せなければ、体も動かせないことに気付きます。
目は静止していますが、別の神経経路を介して生じる垂直方向のわずかな動きとまばたきだけは一般に可能で、それによって外界とコミュニケーションをとることができます。
昏睡状態、植物状態、最小意識状態の患者とは異なり、症候群患者は意識の障害を受けていません。
高揚した気分を維持している人さえいます。彼らの心的生活の質を測定した最近の調査によれば、過半数は、恐ろしく不快な最初の数か月がひとたびすぎると、健常者の平均レベルに匹敵する幸福度を報告します。
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