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執筆者の写真Hatsuo Yamada

「わしはお前に仕事を教えてやる。お前はわしにゴルフを教えろ。」

もう20年近く前の話になります。


私はある人に、

わしはお前に仕事を教えてやる。お前はわしにゴルフを教えろ。」と言われたことがあります。


ある金曜日に、各工程を回って定例のカイゼン研鑽会を実施しました。


その後に、その参加メンバーのほとんどが参加して一泊で、恒例の懇親会を行います。



カイゼン研鑽会の場は、真剣勝負と言っても良いほど、緊張感が漲り、張り詰めた雰囲気の中で進めます。


一方で、その後の懇親会では、まさに無礼講となって、自由な意見が飛び交う場となります。


ある懇親会の翌日の土曜日、帰りがけの朝に、私はの言葉を聞きました



その頃は、ゴルフを教えると言っても、私の”悶絶ゴルフ”は完成していませんし、人に教えるほどの力量も持っていませんでした。


すかさず、「仕事は教えていただきたいですが、ゴルフを教える力はありません」と断っておきました。


ゴルフの件はその後、懇親会の後にゴルフコンペをセットする程度で済みましたが、これもゴルフ好きの関係者の間では恒例となり、楽しい時間を過ごすことが出来ました。



「お前に仕事を教えてやる」という一言ですが、その後の私の人生に大きく影響する言葉になりました。


この言葉の主は、当時の社長です。


現在もあちらこちらで、カイゼンの指導をされて活躍されています。


この方は、あの有名なTPSの元祖、大野耐一さんの愛弟子にあたります。


張名誉会長や池淵技官などと一緒に、TPSを作った方なのです。第2世代と呼ばれています。


現在の章男社長の上司には、4回くらいなったと聞いています。


TPSの「後工程引き取り」という概念があるのですが、

「(後工程引き取りを考え出した)大野さんは偉かった。」と感慨深く振り返っておられたことがありました。


私は初めは、「お前に仕事を教えてやる」とは一体何のことか、私にはよく理解できていませんでした。でも、この言葉だけは、頭の奥の方に残っていて、で時々意識に上がることがありました。


ある日、社長が私たちの事務所にやって来ました。


当社独自の改善手法を考えろ。」というのが、最初の課題でした。


あるべき姿を検討して、現状とのギャップを埋めていくというのが、トヨタの問題解決です。


私は、その基本から逸れないように検討していきました。


  1. お客様視点で捉えて、組織の中の自分の役割と重ね合わせることで、あるべき姿を、浮き彫りにしていくという手法を考案して、検討するための帳票を作成しました。

  2. 現状を見える化するために、生産現場で使っている「表準(おもてひょうじゅん)」というツールをベースに、管理間接業務の改善を進めていく中で、試行錯誤しながら見える化ツールを整備しました。

  3. そこから導き出した課題を検討したり、付加価値のない業務をなくしたりして、プロセスを整備して上で、ITツールの活用の道筋を付け加えました。


こうして、出来上がった手法を通して、改善していく過程で、人間の能力向上を目指すというのが、独自の改善手法のコンセプトです。


この手法を武器にして、私は社内の全職場を歩き、カイゼンの種を蒔いたり育てたりという毎日を送っていました。


この活動がある程度社内に行き渡った頃、また社長が私たちの事務所にやって来ました。


今度は、開発に入り込め。」というのが、次の課題でした。


私は、設計部長のところに行って、「一緒にカイゼンを進めましょう。」と相談しました。


しかし、彼は開口一番「お前に設計の何がわかるんだ?」と言い放ちました。


「まあ、そうは言っても門前払いは失礼だから」と言って、空いている机を指して、

「しばらくここで、何ができるか考えて提案してくれ。」


何はともあれ、彼らの領域に一歩近づくことが出来ました。


それから、同じ部屋に居れば、顔見知りにもなり会話も生まれてきます。


数日後に、我々がインタビューして、設計の直近のフェーズの「表準(おもてひょうじゅん)」を作ることを合意するに至りました。


「表準(おもてひょうじゅん)」を作成してみると、やり直しが見えて来たのです。


設計者が作図します。それを生産技術の担当者が見て、指摘します。その後もう一度作図をしていたことがわかったのです。


私は、生産技術の担当者に裏を取りに行きました。

そうすると、「あれは、生技要件違反を私が見つけて、指摘して図面を修正させていたんです。」

という証言をしてくれました。


設計者の失敗を喜んだわけではなかったのですが、私は、「これで先が見えた。」と胸を撫で下ろしたことを覚えています。


設計者にはプライドがありますから、やり直しの事実をすぐには認めようとしませんでした。


ここで、もう一度生産技術の担当者に証言者として登場してもらいました。


すると設計者は、「全てではないが、やり直しはかなりあった。」


「納期が迫っていたので、要件違反を知っていながら、後で修正すれば良いと思って出図してしまいました。」と正直に言ってくれました。


この後、守れなかった違反の原因を分析したり、設計者の実績工数を細かく分析するなどして、カイゼン活動は進んでいきました。


社長からの司令は、これで終わったわけではありませんでした。


また社長が私たちの事務所にやって来ました。


今度は、DRの場に入り込め。」というのが、次の課題でした。

DRというのは、Design Reviewと言って、担当者が作成した図面を上司が確認する場です。


これまでの経験で、私の存在感は示すことができるようになっていましたので、DRのスケジュールを聞いてそこに立ち会うことは、何の抵抗もなく設計者に認めてもらいました。


しかし、DRに立ち会って、何をしたら良いのか、なかなかアイデアが浮かんで来ませんでした。


「DRというのは、図面を前にして、上司と部下が会話をする場なので、その会話を見える化してみよう」と考え、私は、ボイスレコーダーを持ってその場に臨みました。


その会話をライブで聴いていても、私には問題が見えて来ませんでした。


他にどうしたら良いのか思い浮かびませんでしたので、その会話を文字起こしして、当事者に読んでもらいました。


「えっ?こんな会話してました?」

「これって、基礎的な教育ができていないということです。反省します。」

という反応が返って来ました。


思いがけず、会話の文字起こしが立派な「表準(おもてひょうじゅん)」になることを発見することが出来ました。


この後、上司のチェックポイントは、上司の頭の中にしまわれていることが注目されて、それを作図した時点でチェックしておくという前向きなカイゼンにつながっていったのです。


ここまで、私は社長の指令を一つ一つ解決していったのですが、振り返るとカイゼンを人に教えることができるまでに、多くの知識を頭に詰め込むことが出来ました。


考えて考え抜いた記憶なので、忘れることがありません。


独自の改善手法を検討したことで、改善を色々な角度から見つめることが出来ました。


そして、トヨタの問題解決の素晴らしさにも、改めて気がつきました。


また、製造現場でも、設計の場でも抽象度を上げてものを見ることができれば、共通点がたくさん見えてくることも体験しました。


「お前に仕事を教えてやる」ということが、具体的には課題を与えるということだったということも理解しました。


課題を与えることだけでなく、私が課題を解決するまでじっくり見届けていただきました。


社長からの課題は、次から次へと降って来ました。


私はゲームをやりませんが、ゲームをやっている感覚と同じではないかと思います。


ゲームが終わった時には、「仕事のやり方をマスターできた自分」の存在に気づくことが出来ました。


気がつくと、現在の私のカイゼン支援のスタンスは、社長譲りの課題を与えるやり方になっています。

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